この教材を使うにあたって考慮すべき点
- それぞれのビデオクリップ教材使用の意義、目的は何か?
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- 「速聴」と「精聴」をどう使いわけるか?
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- 他の教材・タスクと関連させることはできないか?
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- 話の内容についてどんなことを学ばせることができるだろうか?
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- 映像からどんなことを学ばせることができるだろうか?
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- どんなスタイル・ストラテジーを学ばせることができるだろうか?
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- どんな語彙、表現を学ばせることができるだろうか?
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- どんな文型を学ばせることができるだろうか?
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- トランスクリプトをどう使うか?
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- 生の対話を聞かせるチャレンジをどのように解消するか?
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- 評価(アセスメント)をどう考えるか?
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この教材を使うにあたって考慮すべき点
このセクションでは、2004年5月にウィスコンシン大学マディソン校で開催されたワークショップでの参加者の皆さんとの話し合いをもとに、この教材を取り入れていくにあたって、考慮すべきと思われる点についてまとめますので、参考にしていただけたらと思います。また、何か他にも注意すべき点、お気付きの点などがありましたら、jmori@wisc.eduまでご意見お寄せ下さい。
それぞれのビデオクリップ教材使用の意義、目的は何か?
どのようなカリキュラムをつくり、どのような教材を取り入れていくかを検討する際、ひとつひとつの教材に関連する教室活動、タスクの意義、目的は何かという観点は常に教師の頭の中にあることです。しかし、さらに重要なのは、教師の考えるところの意義、目的をきちんと学習者にも伝え、彼らがそれを理解した上で学習に取り組というスタイルを確立していくことではないでしょうか。特に、このプロジェクトの提案しているような日本語話者によるインタビュー、会話のビデオクリップ教材は、これまで学習者たちが馴染んできたような教材とは趣を異にするところがあり、それに取り組むことの意義を学者自身も見出すことが大切でしょう。教科書に付随するテープやCDなどのかなりコントロールされた教材、教師の学生のレベルに合わせた発話等に慣れてきた学生には、このようなコントロールのない自然な発話を理解することはかなりチャレンジのあるもので、わかりにくい、時間がかかるという意識だけが先走ってしまうこともあり得ます。
このプロジェクトの意図のセクションで触れたように、このビデオクリップ教材は様々な目的で使用することが可能です。実際、ひとつのビデオクリップ教材を選択し、カリキュラムの中に取り入れて行く際、学習者のレベル、そのユニットの目的などにそって、様々な意義、目的を設定することができるでしょう。とにかく何でもいいから分かることだけを拾い出してみる、自然な会話を聞くということになれる、いろいろな考え方や話し方のスタイルがあることに気づかせる、細かいニュアンスまで理解してみる、自分の話し方と比べてみる、等々。また、中級のはじめの段階の学生には、語学の教室を出て、実際の日本社会で日本語を使用することになった場合といった将来の状況を想像させ、そこに行き着くためのステップになるといった長期的なゴール設定との関連を示していくことも大切かもしれません。さらに、これは下記の評価(アセスメント)をどう考えるか?という点とも関連してきますが、目的とする事項の中には、学習者の「意識」を高めることは比較的短期間にできても、実際にそれが彼らの言語行動に現れてくる段階に至るにはかなり時間がかかるというものもあります。教材使用の意義、目的を考えていくには、このように短期的、長期的両方の視点を持ち、それを教師と学習者がある程度共有していくことができるように取計らっていくことが大切かと思われます。
意義、目的を設定するにあたって、さらに以下に出てくるようなポイントを参考にしてください。
「速聴」と「精聴」をどう使い分けるか?
読解に関しては、以前から「速読」と「精読」の両方の必要性が提唱されており、それぞれの目的に合わせた教材がいろいろ出版されています。それに比べ、視聴覚教材についてはあまり「速聴」と「精聴」といった考え方は大きく取り上げられてきてはいないように思われます。それは、一つには実生活の中での「聞く」という作業の多くが、基本的には「速聴」であり、同じ話を何度も繰り返し聞いたり、少しずつ止めながら、考えながら聞くという作業があまり実際的でないということによるものかもしれません。しかし、ビデオクリップを教材として取り入れる際には、「速聴」「精聴」という二種類の作業を上手に組み合わせながら、効果的に使っていくことができるのではないでしょうか。現実的なスキルを養うという意味では、わからない表現や聞き取りにくい部分にこだわらず、とにかく一度聞いただけで、できるだけ情報を引き出してみるということを徹底していくことも重要です。また、その一方で、学習者のそれぞれの現時点のレベルでは、引き出すことのできなかった情報、ニュアンスをさらに深く理解する、または、そこに出てくる話し方を参考にし、自分達が会話に参加する際に取り入れていく、というようなことを考えると、クリップを止めながら何度も聞いてみる、場合によってはトランスクリプトを見ながら聞いてみる(下記のトランスクリプトをどう使うか?を参照のこと)という「精聴」という作業から学ぶことも多いはずです。大切なのは、「速聴」で学んでほしいこと、わかってほしいことは何か、「精聴」の段階でつかんでほしいことは何かというのを整理して考え、その二つの作業でのゴールを曖昧にしないということではないでしょうか。
他の教材・タスクと関連させることはできないか?
前述のようにこのプロジェクトでは、中上級の日本語の中でよく取り上げられていると思われるトピックを中心にデータの収集を行いました。これは後に教材化する際に、テーマ、トピックによる総合的なユニット学習の一部としてこのビデオクリップ教材を取り入れていってもらえればと思ってのことです。四技能のバランスを計る、語彙・表現をコンテキストの中で学ぶ、話しことば・書きことばの違いを強調するといった点で、こうしたユニット学習は有効かと思われます。例えば、ウィスコンシン大学マディソン校で試験的に使用した際には、読解教材として、アメリカでの寿司ブームについて書かれたもの、また、逆に日本での食の欧米化について書かれたものを取り扱い、それと平行し、ビデオクリップ教材で、日本人のアメリカ滞在経験者たちが、アメリカでの自分達の、またはアメリカ人の食生活を振り返って話しているものを視聴させ、その内容についてディスカッションさせました。時によっては、ビデオクリップが読解教材導入前の前作業に、またある時は、逆に読解教材がビデオクリップの視聴の前作業にという形で双方の内容の理解を計るようにしてみました。さらに、その後、実際に現在アメリカ滞在している日本人の方々をクラスに招き、読解教材・ビデオクリップ教材の学習で学び取ったこと、出て来た疑問点などを中心にグループディスカッションをし、最終的にこのユニットを通じて学んだことを作文としてまとめるという流れを作ってみました。クラスの中には、アメリカで生まれ育った学生だけなく、アジアの国々からの留学生もおり、食文化、またはそのディスカッションの中に見られるステレオタイプ化という点にまで話が及び、このような様々な活動への参加を通して、新しい語彙、文型、文化的知識、視点を習得するチャンスを与えることができたのではないかと思っています。
話の内容についてどんなことを学ばせることができるだろうか?
読解教材と関連づけるという点では、そこに紹介されているような情報について、さらに詳しい情報、その事項に関してのいろいろな幅のある見方、経験などをビデオクリップの教材の中で見せていくということもできるでしょう。ウィスコンシン大学マディソン校では、例えば、贈り物の習慣、特に「日本化」したバレンタイン・デーの習慣について紹介された記事を読んだ上で、この日本化した習慣を、日本の大学生たちはどのように受け入れているのかというさらに一歩踏み込んだ点については、ビデオクリップ教材の視聴から学んでもらう、というようなことをしてみました。他には、日本の女性の社会的地位、役割意識についての記事を読んだ後、3人の日本の大学生たちが語っている自分の両親たちの関係、役割分担の状況が三者三様であることを聞き取ってもらう、というような試みにも取り組みました。
また、逆に、ビデオクリップ教材の中に出てくる日本語話者たちの間では、当然お互いにわかっているものとされ、触れられていない様な社会的、文化的背景に関する知識で、それがなければ、彼らの話していることがわからない、深くは理解できないというようなこともあります。この場合は、ビデオクリップ教材をきっかけとして使い、さらにその背景の情報を理解させるような関連教材と組み合わせてさらなる内容理解を計るということもできるでしょう。例として、マディソンでのワークショップの中で出て来たアイディアの一つをご紹介しましょう。ホストファミリーの体験についてのクリップの中の一つには、以前留学生をホストしていた主婦が、女子留学生の洗濯の習慣(長い間溜め込んであって、一か月も洗濯をしていないこともあった)について驚いた、困惑したといったコメントをしているものがあります。これを聞いただけでも、学習者は、この主婦の感想を表面的には理解できるかもしれません。しかし、この背景にあるのは、最低一日一回は洗濯機を回すのを習慣としている主婦が日本には多いということで、さらにこれはスペースの問題から洗濯機自体が小さい、乾燥機があまり普及しておらず、狭いベランダででも天日干しをする、湿度が高いため特に夏場はものが黴びたり腐ったりしやすいなどということとも関係しています。このような背景を写真、図表などの資料、または、そのような内容が書かれている記事などを見せることによって理解させ、その上で再度この主婦のコメントを考え直すというような流れで授業をすすめていくというものです。
映像からどんなことを学ばせることができるだろうか?
聴解教材の中には、視覚的素材を伴わないオーディオだけのものも多々ありますが、今回のプロジェクトでは、映像から学べることも重要にしたい、またオーディオだけではわかりにくいが、映像があれば理解することができるということも多いだろうという理解のもとで、スピーチサンプルの収集にはビデオ録画という手法を取りました。実際、これらのインタビュー、会話は話者同士が面と向かって話しているという状況であり、参加者たち自身もお互いの視線、表情、身ぶりといった非言語要素によって伝達されることも踏まえながらインタラクションを進めているわけで、それを取り除いて音声だけを教材化するというのは現実で行われている「自然な発話、対話」を伝えるという意図に反すると思われたからです。
映画やテレビ番組と違い、ビデオカメラの位置、向き、フォーカスなどは固定されたままの状態で録画しているため、表面的には映像としてあまり面白くないと思われる方もいることでしょう。これには、もちろんビデオ収録に関わったスタッフが素人であるという事情もありますが、カメラマンが参加者のそばにずっといる、または周りを動き回っているということによって、話者たちが自然に話をするのを妨げることになってしまってはよくないという配慮もあります。
しかし、このような一見あまり変化がないと思われる映像からも様々なことを学ばせることができます。まずビデオクリップをスタートする前に、静止画像に表れる背景、話者たちの外見、衣類などを観察させ、描写させるということもできるでしょう。例えば、ビデオクリップの中には、留学生をホストしたことのある家庭にそのときの体験談を話してもらったものがいくつかあります。その中のあるクリップでは床の間、仏壇などのある和室で、年配の女性がインタビューに答えている状況が、また別のクリップでは、ダイニングキッチンと思われるような部屋にあるテーブルをはさんで、まだかなり若そうな女性がインタビューに答えている状況が映し出されます。この二つの映像を比べるというところから、学生の想像力を喚起し、それぞれの家庭に滞在した場合予想される生活のスタイルについてなどディスカッションさせるというようなこともできるでしょう。また、ビデオを視聴している間に出てくる、うなずき、視線の動き、姿勢・表情の変化、ジェスチャー(例えば、口元に手をあてるしぐさなど)などからも非言語コミュニケーションについていろいろ学ばせることができるかと思います。場合によっては、音声を消した状態でビデオを見せ、むしろ非言語の要素の方に注目させ、気が付いたこと、想像できることなどを話させてみても面白いかもしれません。また、こうした非言語の要素から想像できることを手がかりにした上で、音声の方を合わせて視聴してみるというような取り組みも考えられるでしょう。
どんなスタイル・ストラテジーを学ばせることができるだろうか?
スタイル・ストラテジーと一口に言っても様々なことが含まれてくるでしょう。一つは敬語表現、文体、男女語、方言、若者ことばなど実際の言葉遣いに表れるスタイルの違い、 またそれを使用することによって何らかの効果を生み出そうというストラテジー。前述のように、教科書の中に出てくる会話やそれに伴う説明では、標準化、平均化、またはステレオタイプ化というような操作を免れ得ないということも多いように思われます。しかし、日本語話者の多様性を認識させたり、どのように一人一人の特定の言葉遣いがその話者の性格や、会話の相手・状況に対しての姿勢・理解などを示しているか、ということを考えさせたりするというのも、学習者のレベルが上になっていくにつれ、重要なこととなってくるでしょう。そのためには、このビデオクリップ教材に出てくるような実際の日本語話者の自然に近い言語行動を、教科書などに紹介されているような言葉遣いの使用についての記述と比較しながら、考えてみるというのも面白い試みかと思われます。
しかし、このような高度な分析力を要する作業は、学習者が第二言語である日本語を使ってはたしてできるのだろうか、という疑問もあるでしょう。プログラムによっては、語学の授業と平行して、媒介言語を英語とする「言語と文化」「言語と日本社会」といった類いの授業を開講しているところもあり、そのようなクラスでは、上記のような作業を比較的語学レベルのまだ低い学生たちも含め、英語でディスカッションをしながら意識を高めるのに役立てるというようなこともできるでしょう。このような英語での独立した授業を開講していない、又はできないというようなプログラムの場合は、上級の日本語のクラスでは、日本語を使用して話し合うということも考えられるでしょうし、日本語力がまだそこまで達していないと思われるクラスでは、ある特定の日に英語に切り替えて、このような分析作業をする時間を設けるという方法もあるでしょう。または、宿題のタスクシートとして、個々の学生たちが英語でもいいから自分達なりの社会言語学的分析をしてみるというような形にもっていくこともできるかもしれません。
さらに、スタイル・ストラテジーというと、個々の発話、またその中の個々の表現、といったことだけでなく、話のすすめ方、質問の持ち出し方、あいづちの打ち方、相手の話したことへの理解の示し方、賛成・反対の表現の仕方、意見のサポートの仕方、といった聞き手として、話し手としての言語行動のスタイル・ストラテジーということも考えられるでしょう。このような点についても、ビデオクリップを視聴しながら、そこに出てくる話者のスタイル・ストラテジーを分析させ、学習者自身のそれとを比較させてみるということもできるかと思います。とくにインタビュー形式で集めたデータの中には、質問の背景となることを押さえた上で、質問をし、あいづちを打ったり、聞き返しをしたり、短い感想を述べたりしながら聞き、またさらに答えが一段落したところでは、それを自分の言葉で要約したり、次にその答に関連のある質問をしたりする、といった流れがうまく現れているものもあります。学習者たち自身に日本語話者へのインタビューをさせるといったタスクを取り入れているプログラムも多いかと思いますが、その際、どのような流れでインタビューを進めていけばいいのかといったことを確認する事前の作業にこのようなビデオクリップをサンプルとして使っていくこともできるでしょう。
しかし、このスタイル・ストラテジーを学ばせるという点に関して一つ配慮しなければならないのは、 個人差、個性といった問題をどのように扱うのかということでしょう。例えば、あいづちの打ち方ひとつ取ってみても、日本語話者の間にもかなりな個人差があり、また一人の話者を見ても、状況や話の内容によって変わってきます。これが正しいやり方と言う形で特定するのではなく、いろいろなやり方があり、それぞれのやり方がやはりその人の個性や状況判断を示しているのだということを理解してもらうことが大切なのではないでしょうか。そして学習者のそれぞれが、日本語を話している自分のイメージをどのように構築していきたいのか、ということを意識しながら、それにふさわしいスタイルを選んでいくということも大切でしょう。この問題は、さらに日本語話者が母語話者に適応する基準と、第二言語としての日本語話者に適応する基準とが必ずしも一致するとは限らないという現状から、さらに複雑さを増すことになります。では、どのような教え方が望ましいのか、という点について結論を出すのは難しいですが、社会言語学、応用言語学での研究の動向を追いながら、試行錯誤を続けていくことが大切なのではないでしょうか。
どんな語彙、表現を学ばせることができるだろうか?
他の教材と同様、その中に出てくる様々な語彙、表現をいろいろな方法で学ばせていくことが可能でしょう。一つはそれぞれのトピックに関するキーワードとなるような語彙を強調し、読解教材でも、ビデオクリップ教材ででも、クラスのディスカッションででもそれに繰り返し触れるということによって習得を促すという考え方。また、その一方で、学習者に紹介するのはキーワードにとどめ、それ以外に未習の語彙や表現が含まれていても、それに惑わされず、話の前後のコンテキストや同時に使われているジェスチャーや表情から意味を推測してみるよう促すこともできるでしょう。
また、なかなか教科書の例文などを見ただけではわかりにくいような語彙、表現について、インタビュー、会話のコンテキストの中でどのように使用されているかを見せることによって、理解を促進するということもできるでしょう。例えば日本語には「気がつく」「気をつける」「気にする」「気になる」といった「気」にまつわる表現がいろいろありますが、このニュアンスの違い、使い分けなど、習ったばかりの学習者にはなかなか難しいようです。こうした表現は、このビデオクリップ教材の中にかなり頻繁に出てくるので、それを視聴しながら、そこで使用された表現のニュアンス、また他の表現に置き換えることができるのかどうか、など考えさせることができるでしょう。擬態語、擬音語が多いのも日本語の特徴としてよくあげられますが、このようなものも、実際の会話の中で、しかも、同時に起きているジェスチャー、表情などに注意しながら視聴することによって、理解を計ることもできるかと思います。
さらに、ビデオクリップの中に出てくる語彙の中には、表面的な意味の他に隠された比喩的な意味や文化的イデオロジーなどが含まれているものもあり、それらをビデオクリップ視聴後、関連して教えていくというのも有意義かと思います。これに関してマディソンでのワークショップで出て来た例の一つは、1年間のアメリカ留学を終えて日本に帰国したばかりの学生たちが、自分達の留学体験を振り返り、アメリカ人学生たちの生活ぶりについて話しているところで出てくる「姿勢が悪い」という表現です。実際、授業中に机に足を上げているとか、木の下で寝転んで本を読んでいるとかいうことについてのコメントで、物理的に姿勢が悪いということを示しているのですが、この姿勢が悪いというコメントには「だから体に悪い」ということだけでなく、「勉強への取り組みの態度」が悪く見えてしまうということも含まれています。姿勢という言葉には、実際の体の状態だけでなく、心の状態という意味も含まれています。物事を始めるときにはまず形から、心身ともに姿勢からという教育を受けてきた日本人学生たちにとっての驚きが表現されているのだということを言葉に含まれている意味やその文化的背景を明らかにしていくことによって、わかってもらえればというアイディアでした。その一方で、「姿勢を正す」という観念がアメリカに存在しないわけではないという点、アメリカ対日本という短絡的な対照を避けることの重要性も指摘されました。
どんな文型を学ばせることができるだろうか?
文型を教える、学ぶということに関しても、教科書で紹介されているような項目が自然の発話の中でどのように実際に使われているのかということを見ながらコンテキストの中で学ばせて行くということができるでしょう。あるいは、教科書ではあまり紹介されていないが、 実際の会話の中ではよく使われているといったものもあるかもしれませんし、実際の会話の中での使用例を詳しくみていくことによって、教科書で与えられている説明よりさらに適切な、または実践的な説明を加えていくことができるかもしれません。この点については、今後CALPERのコーパス・プロジェクトhttp://calper.la.psu.edu/corpus.php, http://calper.la.psu.edu/chinese.php, http://calper.la.psu.edu/korean.php, とも関連させながら、さらに調査を進めて行きたいと思っています。
また、他の例としては、ビデオクリップの中に直接ターゲットとなる文型が出てくることがなくとも、そこに出てくる内容、映像などを視聴後、ターゲットの文型を使って表現する、要約するといった使い方に結びつけていくことができるものと思われます。
トランスクリプトをどう使うか?
教材バンクからは、ビデオクリップとともに、それを書き起こしたトランスクリプトも入手できるようになっています。トランスクリプトの作成にはその使用目的や、研究・分析のフレームワークによって、様々な方法がありますが、今回は日本語教育の教材として活用されることを念頭におき、インタラクションで行われていることを忠実に反映することと、読みやすさのバランスを考え、その中庸を取ることにしました。従って、表記には漢字・かなを用い、特別な記号の使用については以下の三つに留めています。
[ 二人以上の発話のオーバーラップが始まるところを示す
: 通常より長めに発音されている音を示す
hhh 又は HHH 笑い声を示すつまり、トランスクリプトには発話の速度、イントネーション、声の大きさなどは示されていません。
上記の事実を踏まえて、ビデオクリップを教材化して行くプロセスにおいて、いくつかの考慮しなければならない点があります。
まず、教師が学生にどのような情報を聞き取ってもらいたいかを考える際、トランスクリプトに基づいて考えるのではなく、実際にビデオクリップを視聴して検討すべきだという点。トランスクリプト上でははっきりと書かれていることでも、実際には、かなり聞き取りにくい速さ、大きさ、音質で発話されているようなものあり得るので、それを学習者に聞き取ることを期待するのはかなり難しいという場合もあります。
次に学生にトランスクリプトを見せるかどうかという点。これは、またそれぞれのカリキュラムの中でのビデオクリップ教材使用の意義、目的と関わってくるところですが、あくまでも速聴の素材として、ディスカッションのきっかけとして使用するという場合には、トランスクリプトは全く使わないということも考えられるでしょう。その一で、クリップの中に出てくる特別な表現、スタイル、現象などについて考えさせたいと言う場合は、ビデオクリップを視聴した後で、トランスクリプトを見ながらさらに詳しい点を教師とともに見直していくということもできるでしょう。この際、ダウンロードできるトランスクリプトをそのまま使うという方法の他に、目的に応じて、わかりにくいところ、大切なところの一部を渡す、さらに簡略化したものを渡す、聞き取ってもらいたいと思われるキーワードをぬいて渡すなど、様々な方法が考えられるはずです。
例えば、あいづちについて考えさせたいという意図でビデオクリップ教材を使うのであれば、わざとあいづちを抜き、主な話し手となっている人の発話のみのトランスクリプトを渡した上で、聞き手はどんなタイミングで、どんなあいづちを送っているだろうかということを考えさせ、その後ビデオクリップ、さらにあいづちを書き込んだトランスクリプトを見せることによって確認するということもできるでしょう。(具体例については、教材サンプルをご参照ください。)
また、いわゆる男女語、敬語といった言語的な要素について考えさせたいという場合は、ビデオクリップ教材を視聴する以前にトランスクリプトを渡し、そこに表れる話ことばから話者のそれぞれがどんな人であろうかを想像させ、その上で、実際にビデオクリップを見て、判断が正しかったかどうかを確認し、話し合うというようなこともできるかと思います。
いずれにせよ、話しことばの視聴覚教材であるということを考え、トランスクリプトに頼り過ぎてしまう、またはトランスクリプトが読解教材となってしまうということになってしまうことのないよう気をつけつつ、その有効な使用法を模索するということが大切になってくると思われます。
生の会話を聞かせるチャレンジをどのように解消するか
すでに何度か述べてきたように、これまであまりこのような日本語話者の自発的な発話、学習者のレベルに合わせたコントロールのされていない発話を聞くということは、そのような状況にまだあまり慣れていない学習者には、大いなるチャレンジとなり得ます。そのようなチャレンジを完全に解消することはできずとも、ある程度軽減させるには、下記のようなことを考える必要があるかもしれません。
まず、教師が学生に対して、全てがわからずとも、少しでも何か聞き出すことができればいいのだということを強調すること。さらに、視聴覚の前作業の段階で、手助けになる様な背景の情報、重要なキーワードなどを確認すること。視聴後にわかったことを話させる際に、いきなり一人ずつを指名するのではなく、ペア、グループなどで、それぞれが引き出すことのできた情報を交換し、話の内容を再構築するようなチャンスを与えること。一、二度聞いただけではよく分からない様な場合は、何度か聞いてみるように促すこと。またさらに、適切な設備・器材等があれば(下記のテクノロジーガイドを参照のこと)、ラボ、又は教室内で個々が自分のペースで止めながら、もどりながら視聴するチャンスを与えた上で、再度内容理解を確認しあうこと。さらに場合によっては、トランスクリプトの一部などを見ながら聞かせるということ。
さらに、タスクシートなどを作成し渡す際に十分に気をつけなければいけないのは、教師がトランスクリプトを見て、又は、かなりな回数ビデオクリップを視聴した上で問題を考えた場合、学習者が数回で聞き取れる内容というのがどういうことなのかという現実的な判断を失いがちになってしまうということです。母語話者であっても、一度では聞き逃してしまうことというのも多々あり、それを考慮した上で、現実的なゴール設定をしなければ、学習者のチャレンジを解消するどころか、高めてしまうことにもなりかねません。
評価(アセスメント)をどう考えるか?
ワークショップの中で出て来た重要なポイントの一つに教材使用後の評価(アセスメント)をどう考えるかというものがあります。評価(アセスメント)と一口に言っても、その目的、用途、方法は様々です。学習者に渡す評価、教師自身が特定のインストラクションが有効であったかどうかを反省するための評価。前者の中にも、そのコースの成績を出す際に考慮に入れる内容のものと、それぞれの学習者の長期的な言語習得の過程でこれまでに達成したこと、今後の課題についてアドバイスを与えるためのものなど様々なタイプのものが考えられるでしょう。また、評価の内容、方法は、インストラクションの意義、目的に対応したものでなければなりません。従って、単に聴解力が伸びたかどうかということでなく、新しい情報、視点を理解しそれを自分のものとすることができたかどうか、いろいろな言語行動、現象についての意識が高まったかどうか、さらにそれを自分の言語行動の中に取り入れることができたかどうか、またこれらの要素を合わせての総合力を評価するといったことも考えられるでしょう。
具体的な例を考えてみると、例えば、速聴の段階でどれだけ内容が聞き取れるかということに関しての評価、ビデオクリップに合わせて作成したタスクシートの出来についての評価というレベルから、ビデオクリップ教材に出てくるトピックに関連してのディベートや、関連するシチュエーションについてのロールプレイなどをさせ、その中に表現された彼らの内容、または言葉遣いについての理解の評価、併用された読解教材とビデオクリップ教材の内容を比較、要約し、それに自分の意見、感想を加えると言う指示で書かせた作文の評価、ビデオクリップ教材から学んだことを元に実際に日本語話者にそのトピックについてインタビューをさせ(できればそれをビデオ録画し)、そこに現れたトピックに関しての理解と言語行動を評価、さらにビデオに収められたに自分自身の言語行動や、言語以外の要素(視線、姿勢、身ぶりなど)をどのように自己評価できるかということの評価にいたるまで、目的とすることによって、様々な方法を適応することができるでしょう。
この評価(アセスメント)という点は、今後CALPER日本語プロジェクトでさらに強化が必要な点のひとつであり、CALPERの他のプロジェクト一つであるアセスメントに関するプロジェクトhttp://calper.la.psu.edu/assess.phpとも連携していきたいと思っています。(see the CALPER working paper, "Dynamic assessment of L2 development," written by Poehner and Lantolf (2003) for extensive discussion on the latter type of assessment)
以上、このセクションではビデオクリップを実際にカリキュラムに取り入れていく上で検討すべき点について、いくつかまとめてみました。ここに掲載された内容を読んで、この教材に興味を持たれた方は是非教材サンプルを見て、さらに取り入れを検討してみてください。また、現在公開中の全てのビデオクリップ教材へのアクセスを希望される方は、オンラインの申し込み用紙に記入の上、ユーザー名、パスワードの申請をお願いいたします。


